「官僚の海」by理怜
昨日の夕方。日が沈んだ銀座。有楽町の街頭で自民党の総裁選候補者が演説していた。防衛庁(今の防衛省)の長官をやった人だった。
私は候補者をよく見ようと目を凝らした。しかし、華やかな週末の東京銀座。人だかりができて距離があるせいか、顔がよく見えない。
テレビで盛んに報じられている彼ら自民党候補者の顔と話を思い出した……GAPの看板文字が妙に重なる。
候補者は他に四人いるが、誰も「無駄の排除」については口にしない。それ以外のありふれた、聞き飽きた政策だけを喧伝している。
税金の無駄な使い方に関して、私は静岡県吉田町界隈の住民の話を直に聞くことがあった。一つの事例で全体を憶測するのは正確ではないかも知れないが、一般市民は身近な事例から全体を推察するしかない。それに、一事が万事とも言うから、一地方のローカルな問題であっても馬鹿にはできない。話とはこうである。住民の反対を押し切って静岡空港ができることになった。作るための金の多くは国が出すから地元の財政にたいした負担はかからないという。しかし、作った後の運用費は地元が出さないといけない。少し考えれば誰でも分かるように、日本の真ん中辺にあって新幹線と東名高速が県を貫いているような所に飛行場が必要とは思えない。もちろん、ないよりある方がいいに決まっている。しかし、何事もタダではすまない。要するに、採算が取れるとは思えないのだ。地方空港の大半は赤字運営だと聞く。静岡空港が例外になるとは考えにくい。成田空港に近い茨城県にも似たような空港建設計画があるというから呆れる。大阪(典型的な赤字財政の府)近郊に三つもある空港も需要に見合っていないのは周知の事実なのに。
空港建設の財源も道路特定財源と同じように、国家予算から一定枠が割り当てられて、それが採算性の精査なしに施設を作ってしまう元凶になっている。民間企業なら採算が取れない事業はやらない。失敗すれば会社がつぶれてしまい、自分の生活を直接脅かしてしまうことになるからだ。税金で給料が保障されている役人は、予算配分を間違えようが投資が回収できまいが、自分の財布が傷むことはない。天下り先が維持されるから、何らかの建設をやった方が自分にとっては得なのだ。
以上が「無駄」の構造だが、最初の総裁選に話を戻すと、何故、自民党の総裁候補五人がそろいもそろって無駄の排除に触れないのか、触れてもほんのポーズだけになってしまうのかと思わないだろうか?
答えはこうである。
大臣とか政治家とかは皆、霞ヶ関にうじゃうじゃいる官僚たちの海に泳いでいる。官僚たちがかつぐのをやめたら、大臣という御神輿は間違いなく沈む。彼らが話すための原稿も、示すデータも皆官僚が作るのだから、官僚たちの機嫌を損ねるわけにはいかない。官僚に与える餌が無駄遣いの容認なのだ。政治家と官僚は構造上持ちつ持たれつの関係にある。政治家の方が立場が弱いだろう。数が圧倒的に違うし、官僚は一度なってしまえば、選挙のような審判を受けないからだ。切り崩しの難しい構図だが、このまま放置したら、いくら増税しても官僚たちに好きに使われてしまう。「金をドブに捨てるようなものだ」というが、まさにその通りになる。
アフリカや北朝鮮で餓死しそうな人を救うために援助物資を投入しても軍や高官が横取りしてしまい、救いたい人間まで届かないという話はよく知られた話だ。何てひどい話だと思うが、振り返って自分の国、日本を考えれば、まさにこの構図が日本の馬鹿げた税金の無駄遣いの構図に当てはまるのである。あばら骨の浮いた北朝鮮の子供の胸と将軍様のメタボリックな腹を見比べれば、いかに馬鹿げたことが起きているかは一目瞭然だと言える。
我が国、日本の高級官僚。難しい試験を合格し、薄給に甘んじ毎日遅くまで骨身を削って霞ヶ関で働く見返りに、楽で高給が振ってくる天下り先を確保するなんていう発想はナシにしないと、この先日本はやっていけなくなる。普通の常識人は誰でもそう思うだろう。たぶん、冒頭で書いた五人の候補者も官僚自身も内心そう思っているのかも知れない。だが、人は我が身が一番可愛い。義侠心に駆られ、苦労してこの構図を変えた時、果たして自分が得するかと考える――そう思った瞬間、政治家も官僚も「今のままの方がいい」と現実に還るのである。理由は簡単だ。その方が自分が得だからだ――もちろん、そんなことは誰も言葉にしない。
街頭演説が聴衆の隙間を、頭上をすり抜けていく。受け止めるものはいない。大衆が求めているものと彼らが放つものの間にはGAPがありすぎ、噛み合っていない。 カフカの「審判」を思い出した。得体の知れない官僚支配の中でワケも分からず、いかがわしさを知りつつも、その体制秩序の中に組み入れられていくことに甘んじ、最後に石切り場で「まるで犬のように」殺される銀行員ヨーゼフ・K。カフカの死から八十四年経つ。何も変わっているようには思えない。
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